松山能は、松山藩主酒井忠恒(ただつね)の時代で寛文の頃(1661~1673)、江戸勤番の松山藩士が能楽を修得したことに始まりました。明治維新後、藩政の解体、武家の没落によって消滅の危機に瀕しましたが、その後、演能団体「松諷社(しょうふうしゃ)」に引き継がれ、現在まで継承されています。昭和55年(1980)に県の無形民俗文化財に指定されました。
年3回「雪月花」の能と題して、定期的に上演されています。